この夏、自身6度目のパラリンピックを迎えるパラアスリートであり、一般社団法人Challenge Active Foundation(チャレンジ・アクティブ・ファンデーション/以下、CAF)の代表理事を務める木村潤平。
木村が追い求めるのは、障がいの有無や環境で制限されることなく、誰もがスポーツを楽しみ、チャレンジできる社会の実現。
CAFの活動を通して木村が伝えたいこととは――。
木村が見つめる未来をひも解きます。
――小学1年生から始めた水泳で2004年アテネ大会から2012年ロンドン大会まで3度パラリンピックに出場。28歳のとき、リオ大会からの新競技トライアスロンへの挑戦を決め、パリ大会でトライアスロン競技の日本代表として3度目、通算6度目となるパラリンピック日本代表を決めました。
木村:年々競技レベルが上がる中、たくさんのご支援と声援のおかげで6度目となるパラリンピック日本代表になることができました。この夏のパリパラリンピックでは、気持ちのこもった熱いパフォーマンスを見せられたらと思っています。
――木村代表は、エリート競技者でありながら、CAFの代表という顔も持ちます。多忙な毎日ですが、どんなきっかけで活動をスタートさせたのか聞かせてください。
木村:リオ大会でパラトライアスロン競技が始まったばかりだったころ、国内外では普及が進んでいませんでした。なので、パラトライアスロンの普及はどうやったらできるんだろうと考えを巡らせていました。
そんなときに、大学院の進学をきっかけにアメリカの障がい者スポーツ支援団体Challenged Athletes Foundation(以下、アメリカのCAF)を知り、幅広い活動を知るにつれ、一競技の人口を増やすための研究をするよりも、スポーツ界全体を盛り上げるための取り組みを考えるほうが今の日本に必要なことだと思ったんです。
そこで、2019年に「誰もがチャレンジできる社会を作る」を理念とした一般社団法人を設立。スタートさせて5年目となります。
――アメリカのCAFがインスピレーションとなって、日本のCAF立ち上げに動き出した木村代表。大学院での学びもその礎になっています。
木村:もともと会社員アスリートとしてさまざまな業務をしながら競技に取り組んでいましたが、2017年、競技活動に専念するために当時勤めていた会社を辞めました。いわゆるプロ選手になり、自分だからこそできるスポーツでできる取り組みとは何なのか掘り下げたい気持ちが湧いて大学院に進学しました。
アメリカのCAFを知ったのは、大学院の調べ物をしているときでした。知り合いがそのキャンプに行っている話を聞いて、どんな団体なのだろうと興味を持ったんですね。
実際に現地にも足を運び、誰でも受け入れてくれる面白い団体だと感じました。世界各国の障がい当事者からかなえたい夢を募って、助成金を配ることで夢のチャレンジを支援しており、自分たちで普及活動支援における収支をやりくりできている団体は日本では類をみません。継続的な活動にも惹かれ、アメリカのCAFをロールモデルにして活動をスタートさせることにしました。
――CAFの事業を進めていくうえで、海外と日本の違いも感じたそうですね。
木村: いろんな人たちの夢を聞いて、助成金を出して夢をかなえていく。日本でもアメリカのCAFと同じ取り組みをしたいと考えていました。
ですが、そんなモデルは日本では成り立ちませんでした。アメリカのCAFを見ていると勝手に夢を語れる子どもや障がい者がたくさんいるのに対し、日本ではチャレンジしたいことを聞いても、スポーツを通した夢や目標がほぼ誰からも要望が返ってこなかったんです。
当初は、プログラムを作らず、資金を提供してサポートする事業をやっていくつもりでしたが、応募がないので見直しを迫られました。同時に、まずは障がいのある子どもたちやご家族に、なんでもチャレンジできる、いろんな選択肢があると伝えていく必要があるという思いを強くし、プログラムを通した運動機会の提供を始めることにしました。
――CAFの事業対象は、障がい者に限定していません。その意図はどのようなところにありますか。
木村:誰もが楽しめる、本当の意味でのインクルーシブな活動を目指しています。僕自身、障がい者施設だけではなく児童養護施設にも訪問する機会があり、子どもたちが社会に出たときのツールとして、スポーツを通した自己実現の機会や出会いの機会が有効なのではないかと強く感じることがありました。
運動をすること自体、自尊心の高まり、やる気、前向き、ポジティブな作用があって、単純に生活を豊かにするものとして有効です。自分も運動することで自分に自信を持つことができたので、もっと多くの人に知ってもらいたいと常々思っています。
それに、スポーツに出会って、関わるコミュニティが増えることで自分の人生や考え方が変わることもあると思うんですよね。
僕自身もスポーツに出会えていなかったら、今頃何をしていたのだろうと思いますし、僕がパラリンピックに何度も出場できたのも、自分の頑張りだけでなく、多くの方々との出会い、応援・支援によって、チャンスを提供されなければ実現しなかったことです。
僕は、決して世界を目指したり、トップで戦ったりすることだけがスポーツの楽しみ方だとは思っていません。スポーツや(スポーツ以外でも)アクティブな活動にチャレンジすることだけで、どれだけ自分の世界を広げることができて楽しい世界が待っているか、まだ身体を動かすことの楽しさを知らない多くの人たちに伝えたいんです。
――“1人も取り残さない”をテーマに活動の範囲を広げていきたいということですね。そのために注力していきたいこと、団体としての課題は何ですか。
木村:CAFの理念である誰もがチャレンジできる社会を実現するためには、地道に施設を回ったり、保護者へ説明に出向き、「チャレンジできる環境があること」「選択肢をもてること」を直接伝えていくこと、リクルーティングが不可欠。ですから、CAFとしてはより多くの方と出会っていくための機会の創出が必要で、それを可能にするための運営資金、人件費の確保が一番の課題です。
とはいえ、課題は資金面だけではありません。どうやって必要な当事者に情報を届けるかが、今一番必要なことなのかなと思っています。興味はあるけれど重度障がいだからできないと思ってしまっている人や、スポーツはあまり得意じゃないなどの理由で躊躇している健常者も多くいるからです。当事者たちにどう伝えてどう引き込んでいくか。たとえば情報発信においてもどんな写真を投稿すれば伝わるのか、試行錯誤しながら活動しています。
――現在、CAFのメンバーは、約15人。アスリートもいれば、会社勤めの人もいます。どんなキャラクターの集まりですか。
木村:最初、僕1人でやっていたことも、各部門で動けるメンバーが増えてきました。取り組みとしてやりたいことはたくさんあるので、継続的な運営が必要になってきます。より多くの方に機会を届けるためには、ボランティア活動で終わらせず、スポーツ普及支援事業として成り立たせることが必要で、その大きな目標に向けて一緒に取り組んでくれるメンバーが集まっています。チームとしてどういう方向性で行くべきか打合せするだけで、それぞれ自分のやるべきことを考えて主体的に動いてくれる信頼できるメンバーばかりです。
また、みんな「できない」という言葉は発しません。たとえば、障がいのある参加者の保護者が「できない」と思ってしまいそうなことも「いやいや全然楽しいストーリーに変えられるよ」と返せるポテンシャルのあるメンバーばかり。このチームで早く結果を残したいですね。
――どんな結果を求めますか。
木村:ひとつの指標は、すべてのプログラムで参加者数が増えてチャレンジできる人が増えること。そして、多くの方の参加を恒常的に可能にするための資金繰りをしっかりできる事業モデルを作ることです。
また、現在、限定した地域でやっている活動を、全国に広げられるかも重要なポイントになると思います。CAFのメンバーだけではできないので、CAFがモデルケースになるようなフォーマットを作って、全国の地域で活躍されているスポーツクラブ、会社、自治体、各地域の社会福祉協議会、福祉施設や、NPO、一般社団などの非営利組織との連携も考えていく必要があります。
――最近は、EXPG高等学院とダンスプロジェクトを実施したり、各団体とインクルーシブスポーツに関わるイベントを行ったりしています。群馬県で毎年実施されている“日本一やさしいトライアスロン大会”前橋トライアスロンフェスタ(以下、前トラ)では、「パラ部門」と「ビギナーチャレンジ部門」の監修・協力を担いました。
木村:一般向けのトライアスロンの大会は、安全上の理由から身体障がいなどにより参加要件を満たせないことがあります。重い障がいのある人はなおさらそうだし、基礎疾患がある人も出られません。でも、本人が出たいって思ったときにできるだけ受け入れて完走させられるような大会があってしかるべきだと思うんです。そこで、つながりのあった前トラの方にかけ合ったら、受け入れてくれることになったんです。
そうなったら、次に目指すのはどんな形でもいいから“ゴールしてもらうこと”です。大会参加に不安のある方や障がいのある人、子どもに向けた体験型イベント「トライチャレンジ」を事前に実施したり、伴走サポートや競技用車いすの貸し出しなども充実させた結果、トライアスロンというハードルの高いスポーツにも関わらず、2023年は重度障がいのある参加者含め8人がエントリーし、全員が完走してくれました。本人はもちろん、ご両親、周りの関わった人たちが楽しそうで、本当に素敵な時間を共有させてもらいました。
2024年は、日本最大規模のトライアスロン大会「九十九里トライアスロン」に新設されるチャレンジ部門(パラ)のプランナー及びコンサルタントとしても関わることになりました。
――CAFの取り組みは着実に広がっています。やりがいは。
木村:やはり前トラで参加者が楽しそうにゴールする瞬間や応援している人たちのいきいきした表情を見ると、本当に幸せな気持ちになります。参加者だけでなく、ご家族や関係者も最後は一緒にゴールに向かって走っていく姿は本当に素敵な瞬間です。他にもイベントでは、プールで浮くことができなかった参加者が、イベント最後には水に浮くことができてご両親が泣いて喜んでいる姿もありました。
そういった光景を見ることは、僕自身も、メンバーやパートナーの皆さんと一緒にこの活動を行う意義を確認できる瞬間でもありますし、同時に、この体験をもっともっと多くの人に届けないといけないと気が引き締まりました。
――今後の展望は。
木村:まずは、より多くの人がチャレンジできる環境を作っていきたいと思います。そのためには活動の場が広がり、事業モデルの仕組みがうまくいき、安定的な収益を得られる団体にしたいと思います。やっぱり今後末永く継続していく団体、そしてこの活動をもっと大きく広げるためにはボランティア団体では限界があると思います。この活動自体をもっと大きな活動にするために、たとえ自分や今のメンバーが誰もいなくなっても当たり前に続くようなものにしていきたい。ゆくゆくはCAFの代表を継ぎたいという人が出てくるようなビジネスモデルを作りたいですね。
――全国に広がった後は、グローバル展開でしょうか。
木村:将来的にCAFアジア版を作れたらいいですね。他のNPOなどと連携して海外展開をするイメージはあります。アジアの国や地域には、日本よりもさらにスポーツの習慣やスポーツを通じて夢をかなえる発想がない地域があると聞きます。自分もスポーツ選手として大きな国際大会に出てきたこともあり、アジアの仲間のために活動していきたい思いもあります。
今は競技と両立しながら活動する毎日ですが、CAFを通して、本当に多くの方と出会う機会があり、日々学びや刺激をいただきながら楽しく活動しています。
――最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。
木村:読んでいただきありがとうございます。ぜひ、“誰もがチャレンジできる社会”の実現に向けたCAFの活動にお力をお貸しください! CAFのSNSやメルマガをフォローしたり、広めたり、お近くの方にイベントをご案内いただいたりすることも大きな支援になります。寄付によるご支援も大歓迎です。どうぞよろしくお願いします。
木村潤平 Kimura Jumpei
一般社団法人Challenge Active Foundation 代表理事
早稲田大学、一般企業への就職、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科を経て、一般社団法人Challenge Active Foundationを立ち上げる。水泳でパラリンピックに3度出場した後、トライアスロンに転向し、JTU(日本トライアスロン連合)パラトライアスロン強化指定選手として国内外の大会に出場。アジアトライアスロンアスリート委員、関東身体障がい者水泳連盟理事も務める。
一般社団法人Challenge Active Foudation
2019年に木村潤平が障がいや生活環境等の困難な状況にある人にも、身体を動かすことの楽しさを伝えたいという想いで立ち上げた一般社団法人。身体を動かすことに誰もがチャレンジできる環境や機会の提供を行うことで、誰一人取り残さず前向きで活動的な生活を送れる社会の実現に向けて活動しています。
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